クロガネ・ジェネシス

16話 ネル 激怒
17話 襲いくる群
18話 違和感と豹変
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第ニ章 悪夢の古城

 

第17話 襲いくる群



 蛇をやり過ごした時に使った妙にこぎれいな部屋。

 テーブルの上に置いてあったランプの明りを頼りに、零児はネレスの手の甲に包帯を巻いていた。包帯と消毒液はこの部屋に備え付けられていたものだ。

 ネレスの拳は先ほどの戦闘で血まみれになっていた。

「ありがとう。クロガネ君……。みっともないとこ見せちゃったね」

「別に構わないさ。それと、助けてくれてありがとうな」

「お礼なんて、いらないよ。私が勝手に行動しただけだし……」

「行動の理由はどうあれ、助けてくれたことは事実だ。俺はその事実に対して礼を言ってるだけだ。聞き流してくれてもいい。よし、これでいいだろう」

 包帯を巻き終えて、零児は立ち上がる。

「さあ、行こう。シャロンとディーエさんを探しに行かないと。あまりここに長くは滞在できないし、ジストが言ってたオルトムスとか言う人間のことも気になる」

「……聞かないんだね」

「え?」

「私のこと……何も聞かないんだね」

 節目がちに言うネレスに零児はそっけなく答える。

「聞けば答えてくれるのか?」

「……」

「確かに色々気にはなるさ。ネレスの体のこと、過去に何があったのか、とかさ。けど単にトラウマを掘り起こすことにしかならないこともある。そうなることはなるべく避けたいからな」

「そっか……ありがと。クロガネ君」

 零児は頷いて見せる。

「行こう」

 そして2人は部屋を後にした。



 ジストと戦った広大なロビー。今は誰もいない。

 零児とネレスはランタンを手に持って行動を開始する。

「さあて、とりあえず2階に行ってみるとするか」

 零児とネレスはロビー中央に設置された階段から2階へと登る。

 2階に登るとそこから2箇所に扉がある。

「構造的には1階と対して変わらないんじゃないかな?」

「確かにな。ロビーが吹き抜け状態だとするなら、基本的な構造はどの階も同じだろう。もっとも全部が全部同じとは思えないけど……なんにせよ、行ってみるしかないさ」

「そうだね」

 1階の調査の時は右から入ったが、今回は左から入ることにする。

 扉を開けるとじゅうたんが敷かれた広間になっていた。1階は長い廊下が続くだけだったのだが、今回は違う。

 しかし、違うのはそれだけではなかった。

「何があった?」

 零児が開口一番に口にした言葉がそれだった。

「何かが戦った後……みたいだね?」

 いたるところが正体不明の粘液で汚れている。さらに絨毯《じゅうたん》の一部が焼け焦げており、異臭を放っている。そして部屋のいたるところに蛇の死骸が無数に散らばっていた。

 ――あの焼け焦げた跡……。シャロンのレーザーブレスか? だとしたらあの粘液はなんだ?

 蛇の唾液にしては量が多すぎる。水溜りができるほどの量の唾液など想像したくない。

「シャロンとディーエさんが戦闘したことは間違いなさそうだな」

「だね。ここにはいないみたいだけど。とりあえず、他の部屋を探してみよう!」

「ああ」

 広間からさらに別の扉へと向かう。その扉を抜けると、また長い廊下にでた。

 その廊下にも粘液や蛇の死骸が転がり、いたるところに血と粘液が飛び散っている。

「2人とも無事だといいんだけど……」

「無傷ではないかもな。無論、無傷であって欲しいが……急ごう」

「うん!」

 廊下は長い。その先にシャロンとディーエがいることを信じて零児とネレスは走り出した。

 長い廊下を半分ほど進んだところで、2人は異様な物音を聞き取った。2人が走っている廊下の先にある扉。それが正体不明な力でひしゃげる音だった。

 零児とネレスの心に不安と焦りが生まれる。その直後。

「クロガネ君ストップ!!」

「なに!?」

 ネレスが突然零児を制止する。

 どうしたんだ。と、問うと、ネレスは天井を指差した。零児はその指し示す方向に視線を向ける。

 ネレスが指差した天井には数メートルの穴が開いていた。問題はその穴から巨大な口を開けた蛇がいたことだ。その口は人間4,5人程度なら1度に丸呑みできるほどに大きい。

『シャアアアアア……』

 今まで以上の巨体。走り続けていたら2人ともその蛇の餌になっていたかもしれない。

「倒すしかないか!」

「そうだね!」

 その直後。天井に構えていた大蛇が2階に下りてきた。その長い巨体が2階の廊下を埋め尽くす。

「剣の弾倉《ソード・シリンダー》!」

 零児が右手を突き出し、手の平から無数の剣を出現させ大蛇目掛けて発射する。その刃のいくつかが大蛇の身体に突き刺さる。零児は魔力で作られた剣の魔力を弾けさせ、爆破する。

『シャアアアアアアア!!』

 面積の広い胴体にまばらに突き刺さったため、ダメージはそれほど大きくはないようだ。そして、大蛇は零児達を睨みつけ、丸呑みにしようと一気に迫ってくる。

「ストーム・フィスト!」

 しかし、ネレスの拳がそれを許さない。拳が蛇の横顔を殴りつけ、零児への接近を中断させる。

 蛇は廊下の壁に横顔を叩きつけられてひるむ。

 その隙を突いて、零児とネレスの2人は蛇の胴体の横に並ぶ。

「もう1発! ストーム……!」

 ネレスが再び拳を放とうとしたとき、蛇は自身の尻尾をネレスに巻きつけてきた。

「え? キャアアアア!」

 一瞬で蛇の尻尾に巻きつかれ一気に締め付けられる。

「あっ……っぐ……!」

「ネルを放してもらうぜ!」

 零児は自らの体を捻りながら右腕に魔力を込める。数瞬の後に生まれたのは本来なら両手で持つ巨大剣、トゥ・ハンド・ソードだ。

 そのトゥ・ハンド・ソードが形になると同時に、零児は捻った体をバネに体を回転させ、トゥ・ハンド・ソードによる強烈な一撃を蛇の尻尾に見舞う。トゥ・ハンド・ソードは見事に蛇の尻尾を深く切り裂き、痛みに耐えかねて、ネレスを解放する。

「ネル! 大丈夫か!」

「なんとかね!」

 ネルが立ち上がると同時に、蛇はこちらへと向き直る。そして、顎の下からもう1つの口を覗かせた。

「あれは……!」

 零児はよく覚えている。トレテスタ山脈前の湿地地帯でヘビー・ボアが見せた強烈な液体による噴射攻撃だ。

 零児は急いでネレスの前に立ち、即座に盾を作り出す。人1人を覆い隠すには十分な大きさの盾だ。

「ネル、俺の肩を抑えててくれ!」

「分かった!」

 ネルが零児の肩に手を乗せ、衝撃に供える。

 直後、ヘビー・ボアと同様、大量の液体が蛇の第2の口から発射され、零児の盾を直撃した。

「うおおおおおお!!」

「くっ!!」

 2人は盾もろとも後方に大きく吹き飛ばされた。ネレスは背中から零児を抱きしめ、地面を転がることで地面との激突を避け衝撃を和らげた。

「大丈夫!? クロガネ君!」

「ああ!」

 2人は立ち上がる。

「あの攻撃……ここにいる蛇全員ができるわけじゃないよな?」

 疑問を口にするがそれを答えられる人間などこの場にいない。余計な考えだなと、その疑問を消し去り、目の前の蛇を睨み据える。

「まだまだ! 全力全快! 進速弾破《しんそくだんぱ》!」

 自身の靴に魔力を込め、その魔力を推進力とする高速移動魔術。それを発動し、零児は一旦離れた蛇との距離を一瞬にして縮めつつ跳躍した。

 同時に右手に魔力を込め、その右手を蛇に向けた。右手から生み出された新たな剣は幾重にも枝分かれした複雑な形を持つ刀だった。しかし、刀とは言ってもその長さはまるで槍のように長い。

「食らえ!」

 高速移動中による跳躍。零児の生み出した刃は蛇の喉元に突き刺さり貫通した。さらに高速移動で発生した勢いに従って蛇は仰向けになり、貫かれた刃は廊下の床に突き刺さった。

 すなわち零児の刃で喉元から床に突き立てられ、蛇の身動きは封じられたのだ。

『シャアア……!』

 ビクンビクンと胴体を動かすが、喉元に突き刺さった刃はそう簡単に抜けない。

「散!」

 零児は容赦なくその喉に突き刺さった刃を爆破した。

 血が飛び散り、肉が破裂し、蛇の尻尾もことさら強く動く。

 そして尻尾の動きはすぐにおさまり、蛇は完全に動かなくなった。

「ハァ……ハァ……。くっそ……魔力切れが近い……。これ以上の戦闘はできるだけ避けたいところだぜ……。ハァ……」

「クロガネ君……大丈夫?」

「平気平気!」

 零児はネレスに笑顔を見せた。そして右手をあげる。

「あ……」

 ネレスはそれが何を意味するのかを即座に理解し、同じように右手をあげ零児の右手を叩いた。

「行こう。シャロンとディーエさんの無事を確認しなければ!」

「うん! でも、無理しないでね」

「……ああ」

 2人は大蛇との戦闘前にひしゃげた扉へと向けて歩を進める。

 扉は1階同様木製で既に大部分が腐っていた。

「私が壊す」

 ネレスが前に出てストーム・フィストを叩き込み、扉を破壊した。

 先ほどと同じ絨毯《じゅうたん》が敷かれた部屋。その部屋も血と蛇の死体が散乱していた。

「うっ……はあ、あああ……!」

 扉に入った途端、零児のものでも、ネレスのものでもないうめき声が聞こえてきた。

「シャロン! ディーエさん! いるのか?」

 月明かりが差し込む広間。しかし、それと声だけでは人を視認することはできない。

「クロガネさんですか!?」

 零児の声に誰かが答える。零児は声の主の方へと向く。月明かりで浮かび上がるその輪郭と声はディーエのものだった。

「ディーエさん!」

「無事だったんですね!」

 零児とネレスが駆け寄る。ディーエはシャロンを抱えるように壁際に座り込んでいた。

「化け物に……蛇の大群に襲われ、戦いながら、ここまで逃げてきました……。しかし……」

 ディーエは自身の腕に抱いたシャロンに目を向ける。

 シャロンは脂汗を浮かび上がらせ苦しそうな表情をしていた。

「シャロン? どうしたんだ?」

「あ、頭が……痛い……」

 苦しむシャロンを見て、ディーエは、蛇の大群に襲われ応戦している内にシャロンが頭痛を訴え始めたと答えた。

「声が……声が聞こえる……」

「声?」

「私が邪魔……だとか……引っ込んでろ……とか……そんな、声が……うぁぁぁ!」

「シャロンちゃん!」

 ネレスがシャロンの額に手を当てる。熱がないかどうかを確かめるためだ。

「熱は平均くらいかな? そんなに熱くないけど、この苦しみ方は尋常じゃないよ!」

 ネレスの言葉を聞いて零児は思考をめぐらせる。

 ――頭の中に声が響く。誰かの声が全て自分への嘲笑や誹謗中傷に聞こえる……。そんな精神疾患があったような気はするが、シャロンの場合もそうなのか? それとも……。

「とりあえず、シャロンを休ませよう! あの部屋なら」

 ネレスは零児の言わんとしていることを即座に理解し頷く。

「どこか休めるところがあるのですか?」

 ディーエの言葉に零児は頷きで返す。

「1階に一箇所、妙に清潔な部屋があった。そこでならある程度シャロンの治療もできると思う」

「分かりました。行きましょう!」

 シャロンを抱えたまま、ディーエが立ち上がる。

 3人は零児とネレスが通ってきた廊下とは反対側から1階へ下りようと考えた。

『シャア〜』

「!?」

 零児は異様な気配を感じた。その気配に向けて、ソード・ブレイカーを抜き放ち素早くその気配目掛けて振るった。

「!」

 確かな感触。零児は小さな蛇を切り裂いたのだ。

「気をつけろ! まだ蛇がいる!」

 零児が声を張り上げる。

 次の瞬間、3人がこれから通ろうとしていた扉の天井が崩れ落ちてきた。

「そ、そんな……」

 絶句するネレス。しかし、呆然としている暇はなかった。なぜなら天井が崩れた原因はその上からやってきた4匹の大蛇だったからだ。

「くっそ! 何匹いやがるんだ! この蛇ども!」

 1匹1匹のサイズは先ほど零児とネレスが戦った時より小さい。しかし、巨大な蛇1匹とサイズダウンした蛇複数とでは戦い方はまったく変わってくる。

 何より大きさより数の暴力のほうが圧倒的に不利だ。

「クロガネ君! 私が戦う!」

「ネル?」

「さっきの戦いで、クロガネ君大分魔力使ってるでしょ? だからまだ魔力に余力がある私が!」

 零児は即座に頷いた。

「頼む!」

「うん!」

「ディーエさん! こっちへ!」

「はい!」

 零児は今まで自分達が歩いてきた道を戻る。そこからしか、この古城内部で安全な部屋へ行くことができない。

 背後からネレスの攻撃による打撃音や爆音が響いてくる。派手に暴れているようだ。

 その音を聞きながら零児とシャロンを抱えたディーエは走る。

 シャロンが頭痛で動けないこの状況下で、蛇に襲われると言う事態だけは避けたい。

 しかし。

「チッ! しつこい!」

 零児とディーエが足を止める。

 零児とネレスが先ほど戦ったものより2周りほど小さい大蛇が道を塞いでいるからだ。

 零児1人なら逃走も可能だろう。だが体格が大きく、シャロンを抱えて両手が塞がっているディーエはそうも行かない。

「コイツ1匹くらい俺がなんとかする! ディーエさんは隙を突いて1階への階段を目指してください!」

「わかりました!」

 零児は大蛇に向けて突進しつつ、右手に魔力を込める。手の平から現れる大きな両手剣、トゥ・ハンド・ソード。蛇を両断するには十分な重さとパワーがある。

「うおりゃああああ!」

 それを左から右へ向けて大きく薙ぎ払う。

 が、その攻撃は大蛇の胴体を切り裂くことはなかった。なぜなら大蛇は即座に自らの尻尾を零児の身体に巻きつけてきたからだ。

「ぐっ……なんだと!」

 ギリギリと零児の身体を締め付ける大蛇。零児は再び右手に魔力を込めて1本の短剣を生み出し、蛇の胴に突き立てる。

 拘束が解け、自由に動けるようになった。しかし、次の瞬間、大蛇は零児ではなくディーエに襲い掛かった。

「むん!」

 ディーエはシャロンを左手だけで抱え、右手で大蛇の胴体に拳を叩き込む。

『シャアアア!』

 完全に息の根を止めないと、ディーエとシャロンを通すことは無理だ。零児はそう考えディーエの盾となるように大蛇の前に立ちふさがる。

 大蛇は零児目掛けて噛み付こうと突進してきた。

「させるかぁ!」

 零児が勇んで叫ぶ。右手を突き出し魔力を込め、新たに剣を生み出す。その剣が生み出されると同時に、大蛇の口内に突き刺さった。

 喉元を貫かれ、大蛇はその場でのた打ち回る。

「今のうちに!」

「はい!」

 ディーエを先に進ませ、零児は背後を気にしながらその後を追った。



「シャロン……まだ頭痛がするのか?」

「うん……ちょっと痛い……」

 零児、ディーエ、シャロンの3人は零児とネレスが利用した部屋にいた。

 あの後他の蛇は襲ってこなかった。急いで零児とディーエはシャロンを部屋に連れて行き、ベッドの上に寝かせた。シャロンは今もなお頭痛に苦しめられているようだ。

 だが、さっき合流した時ほど痛くはないらしく大分表情は和らいでいる。

「ネルさんは無事でしょうか?」

 合流したときの部屋に残してきたネレスが心配なのかディーエが言う。

「ネルの戦闘能力なら多分心配いりません」

 零児もネレスの戦闘能力は知ってる。拳を戦闘の要にしているネレスの魔術。蛇に対して徒手空拳がどれほど効くかは疑問だが、少なくともネレスなら心配はないと思う。

「そんなことより……って言うとちょっと薄情ではあるが、シャロン。聞きたいことがある」

「……なに?」

 視線だけを零児に向けて、シャロンは答える。

「頭痛がしているとき、何かの声が聞こえるって言ったよな?」

「うん」

「その声に心当たりとか、聞き覚えがあったりとかしないか?」

「心当たりは……ないかも……聞き覚えもこれといって……」

「そうか」

 ――ってことはアイツとはなんの関係もないのか?

 シャロンが聞いたと言う声の正体。零児はそれがある少女のものではと思った。

 何の前触れもなく現れ、そして姿を消したある少女。名前はエメリス。

 エメリスの言っていたことには、不可解な点が多すぎた。そのエメリスの言葉とシャロン。何かしら繋がっているのではないかと考えた。

 そう考えた場合、エメリスの意味不明な言動の一部が繋がるような気がした。

 ――エメリス……お前はシャロンと何か関係があるのか? あるとしたらどんな関係が……。

 もし零児の前に再びエメリスが現れたとしたら、何かが分かるような気がする。これは零児の勘だ。

 そしてそのときはそう遠くない未来だと思った。

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